オンサイトという視点から自然体験の事故を見る
以下では、冒険志向とそれにともなうリスクへの無自覚という状態が、自然体験活動や日常の教育活動でも見られることに簡単に触れた後、計画とオンサイトという二つのフェーズによるリスク管理の有効性を検討しよう。まだ自分自身でも整理の段階だが、書いて、批評を受け、練っていかないことには進めない。
自然体験の教育的効果は経験的にも、統計的(相関的に)にも指摘されている。特別活動の一環として、協調性や忍耐力、達成感などを狙いとして自然体験は実施されている。その一方で、忍耐力が養われ達成感を得られるのは、できない失敗の可能性があればこそである。そこにはクライマーとはレベルが違うとは言え、一定の失敗のリスクがある。そして、身体活動では、失敗は身体へのリスクでもあり得る。学校管理下の自然体験でも数年(概ね2-3年)に1名程度の死者が出ている。しかし、こうしたリスクに学校現場が意識的になるのは、重大事故が起こった前後に過ぎず、残念なことにその教訓はあまり長い間学校現場には残らない。プールの排水溝による溺死事故が1960-80年代に30件以上発生したことは、この分野では有名である。80年代半ばに一端終息したものの、その後もほぼ10年おきに数件発生している。
武道の必修化では、用具の都合(と思われる)で多くの学校が柔道を採用している。しかし、平成17年から22年の6年間の学校管理下における体育実技による死亡数33件のうち、半分に近い15件が柔道によって発生している。県によっては、様々な対応を準備して導入しているところもあるが、国として明確な方針のないままに武道が必修化されている。柔道関係者でさえ、懸念を表している。礼節をはぐくむという教育的価値と同程度にリスクが自覚されているとは言い難い。
2011年に発生した三ヶ日青年の家のカッター転覆による死亡者が出た事故では、学校側が注意報発令下で活動を(暗に)承諾したことの責任も問われている。しかし、一般的に学校がこのような施設で自然体験をおこなった場合、計画的な安全管理は施設に丸投げにすることが多く(もちろんオンサイトでは、教員が安全管理にあたるが)、リスクへの意識は必ずしも高いとは言えない。
このような教育現場の実態に対して、①不確実性の自覚、②計画によるリスクのコントロール、③オンサイトの対応、④運への気づきによる省察、という4つの側面は何を示唆するだろう。
第一にリスクや不確実性に自覚的になることである。当たり前のようだが、効用に隠れて、あるいは安全への希求に隠れて、学校教育のリスクへの自覚は不十分だ。さらにそのリスクを子どもや保護者に適切に伝えるリスクコミュニケーションの方法と文化的土台が十分に形成されていない。リスクマネジメント的に言えば、リスクの共有がなされていないと言えるし、保護者の視点から見れば教育的意義でリスクが隠されている。もっともこの点は学校教育だけの努力ではなしえないだろう。リスクを自覚することはそれを許容することではなく、それをコントロールする第一歩だという社会的コンセンサスが必要だ。
二つのフェーズによるコントロールのうち、計画によるリスクの制御は一般的に行われている。一方で、オンサイトの判断は、非公式な言葉では語られるが、それが有効な条件が意識されているとは言い難い。計画とオンサイトの判断の協同についても認識は不十分だ。せいぜい、「計画通りにいかない部分は臨機応変にやろう」と語られるくらいだ。別項でも示したように、オンサイトの判断が有効であるためには、リスク変化をもたらす状況の変化に対する感受性と、制御可能性を意識および保持することが必要だ。この2条件は、どのようなリスクを計画の中で考慮し、排除すべきか、何をオンサイトに委ねることが効果的かについての指針を与えてくれる。
具体的な例によって考えよう。三ヶ日青年の家カッター転覆による女子中学生死亡事故では、大雨・強風・波浪注意報発令中にカッター訓練をおこなったものの、途中から風雨が強くなり、訓練が不可能になったこと。モーターボートによって曳航してハーバーに戻る際に、左舷側に傾き浸水することで転覆したこと、。曳航した所長はカッターの曳航経験がなかったことなどが事故原因として指摘されている。これらはいずれも計画的行為によって防止が可能である。その一方で、風雨の状況の変化、曳航前から左舷が傾いていたこと、曳航時のさらなる左舷の傾きなど、オンサイトでの対処を可能にする材料もある。もちろんそれを持ってこの条件下で訓練を敢行していいことにはならないが、少なくとも事故を防止する最後の砦を築くことはできただろう。実際、運輸安全委員会の勧告としては、訓練継続の可否、中止の場合の措置を記載した指導マニュアルの見直しが提言されているが、一方で、同委員会の報告書では、天候不良時の対応については「ハーバー内での訓練にとどめたり、全カッターに指導員を乗船させてハーバー前面水域で訓練をおこなったりすることが指導員間で申し伝えられていたが、指導マニュアルには規定されておらず、天候不良時の定義が明らかでなく、また、訓練方法の内容が具体的ではなく、さらに通常時と天候不良時の訓練方法の変更を決定する時期も明らかでなかったものと考えられる」(運輸安全委員会船舶事故調査報告書MA2012-1)とある。このことから、それまでオンサイトで対応されてきたものが継承されなかったことも、事故の大きな原因であると言える。また「本件訓練の実施中に風向きが南に変わり、天気予報とは異なる状況となっていたことを早期に把握して風向、風速および湖面の現況を確認した上、過去に天候不良時の訓練方法を選定した際の訓練方法を参考にし、・・・継続の可否について慎重に判断していれば・・・安全性の高い訓練方法に変更することができ、本事故の発生を回避できた可能性がある」(同報告書)としている。オンサイトの判断は、実際には不確実で変動の大きい自然環境での活動のリスクを制御する上で役立つだろう。
さらに、もう一度アウトドア系の活動の事例に戻って検討してみよう。たとえば2007年のトムラウシの遭難事故について、事故について論評したヤマケイの特集号で指摘された内容をKJ法でまとめたものが図だ。この事故ではツアー登山による不十分な安全管理体制が問題になったが、計画とオンサイトという枠組みから見ると、問題は計画そのものではなく、オンサイトでの判断と対応行動が十分に機能しなかったこと(中央の赤い点線囲み)と状況変化への対応可能性を計画によって保障しなかったことにある(左の赤い点線囲み)。
最後に、運の自覚による省察について検討しよう。運の自覚による省察とは、不確実な環境下での活動が無事におこなわれたのはたまたま当たりくじを引いたようなものであると自覚することと、活動の中で得られた情報を元に、長期的に不確実さを減少させようとする努力のことである。産業界や教育現場の一部でもおこなわれているひやりはっと調査やそれに基づく安全上の改善は、その一例だと見なせる。しかし、このような活動は一般的ではない。高校までの12年の学校生活の中で、クラブ活動とオリエンテーリングを除けば、(些細なものも含めた)失敗を振り返り、(ケガ以外も含めた)リスクを低くする努力をしたという記憶がない。個人的な経験に基づくものだが、教育界に身を置いていると、それは一般的な傾向のように思える。
もっとも、大きな失敗のない中で些細な失敗を省察し、リスク回避につなげることは、安全が重要だという認識が教員だけでなく当事者である生徒自身の中にもなければ難しいだろう。学校教育でも安全指導はおこなわれているが、児童・生徒が主体的に考えてリスク回避をするように方向づけられていないので、不確実性の自覚とそれによるリスクへの責任意識とがセットにすることがまずは課題だろう。
トムラウシ事故要因の分析(山と渓谷誌掲載記事を元にした)
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