週間天気予報では、週末は台風一過の好天。土曜日の設置ですらルンルン気分だろう。その期待を、天気予報は裏切り始めていた。さっさと通過するはずの台風12号は時速10km程度で、一行に進む気配がない。設置は仕方ない。当日さえ晴れてくれれば・・・。その願いも、金曜日には空しいものとなりつつあった。
すでに金曜日には誘導テープの2/3は宮内・伊藤コンビにより終了していたので、土曜日は南側のテープ誘導設置、そして大量の雨の降った後のコース状況を把握することにエネルギーを投入することができた。
気になっていたのは、2カ所。一カ所は朝霧名物の最後の2kmの涸れ川。水量が増えれば増水や濡れによるスリップの危険があった。もう一つは、竜ヶ岳南麓の巻き道。相当の斜面を横切るこの道は、山腹からの崩落などが予想された。この2カ所は最悪カット。そうすると、通常のミドルが折り返すA沢での折り返しに、後半部分も猪の頭まではいかずに、往路を戻る短縮コース。この時点での次悪の想定が、この短縮コースだった。僕は、午後15時ごろにはその両方を点検して、最終決断の素案を出す予定だったが、涸れ沢の状況は気になっていたので、センター所員と一緒にテープ誘導設置しながら状況確認をした。
涸れ川の状況は予想以上だった。沢に入ってから300mくらいの地点で、すでに股下までつかる窪地があった。ここは左右に逃げられるとしても、その先は逃げられない。通常は溶岩が露出している部分は、「ここは赤目四十八滝か!?」と思うほど、それぞれに趣のある「滝」と化していて、センターの二人とともに大笑いした。その後も腰までつかるよどみ、相当量の水量の急流など、シャワークライミングに絶好の光景が続出した。特にひどかったのは139号のアンダーパス。水量はそれほどではなかったが、流れが速く、僕らですら足を取られそうだった。3人の一致した意見は、「とっても楽しい」でも「ここは使えない」。この状況を参加者の方々に楽しんでいただけなかったは全く持って残念なことだ。雨の降った時に、「自己責任」でやっていただくしかない。

ここは奥入瀬渓谷か、はたまた赤目四十八滝か?
ファイトー、一発!
そのころ、往路から別れて南下するルートの設置をしている宮内から「麓の涸れ川を渡るのを断念しました」という電話が入った。普段は水量の全くない川が、相当量の流れになっているようだ。この二つの要因から、南部ルートのカットは僕の中では決定事項となった。
午後、もう一つ気になっていた竜ヶ岳巻き道を山下さんと見に行った。同時に、宮内・伊藤には根原の5.6km地点からA沢までのエリアの確認を依頼した。この区間、一カ所深さ1mくらいのみぞ(普段は水なし)を通過することを思い出したからだ。A沢から東海自然歩道の巻き道に向かう箇所にも、沢を通過する部分がある。普段でも水量があるから、竜ヶ岳南麓どころか、おそらくここも渡れないはず。そう思いながら沢まで行ってみると、水量は確かに増えているものの、渡る時不安を感じるような状態ではなかった。その後の巻き道に至っては、一部に水の流れがあるものの、不安を感じさせるどころか、深い森に守られ、静かで落ち着いたいい雰囲気のトレイルになっていた。路面も適度に湿っていて心地よい。おそらく森の保水力が高いことと流域が狭いからなのだろう。僕と山下さんはこの部分をカットする実感的な理由を全く見つけることができなかった。むしろ、この区間こそ、明日のレースに使いたいくらいだった。
ただ、この巻き道はところどころ急斜面と岩壁が巻き道に張り出している。雨中のハイキングで落石にあい中学生が死亡した自然体験では、学校側が書類送検ながら不起訴処分、不服申し立てを通してその却下に至った経緯を知っている僕としては、このエリアを使うことが即、危険回避義務違反に問われないだろうと判断することができたが、常識的にはあり得ないだろうという暫定的な結論に至った。昨年浜名湖で死亡事故を出している県立施設の一つとして、二回目の失敗は許されない、というよりも失敗のリスクを冒すことはできないのだ。
巻き道への谷沿いは、意外なほど水量が少なかった(ここも日曜日には多少増水)
7.1km地点。これは普通のランナーにはやや厳しいだろう。
もともと窪地になっている5.6km付近以後の東海自然歩道はご覧のような冠水。
最終的な意志決定の要因の一つとなった土砂の崩落。僕は、これはコントロールの範囲内と見たのだが、現地を見た宮内の意見は違う。
その頃、伊藤から写メが送られたきた。腰まで水につかる宮内の写真と、沢の下流が急流になっている状況だった。腰まで水に使うところはオリジナルルート。その利用はこの時点であり得なくなった。元々東海自然歩道も、出水時はここは迂回ルートが設定してある。急流になっているのはその迂回ルートの方だった。しかも、その上流は倒木がストレーナーになっており、いつ崩壊して大出水するかもしれない。ここの横断はあり得ないだろうというのが宮内の判断。また139号をアンダーパスで通過する牛道も、増水しており、宮内は楽しいというけれど、ランナーには不安な状況だろう。
確認からの帰り、涸れ沢の上流部を見たら、見事なほどに水が止まっていて、心が動いた。そこで、麓の涸れ川を再度見に行ったら、あり得ないくらいの出水で、やはり南部のコースカットは動かしがたいことを確認した。
これらの情報を元に夜17時のミーティングでは、7.1km地点(迂回のため約8km)での折り返しが決まった。ただし、4.1km地点から斜面の脇を抜ける場所は、脇の沢の水量がそこそこあり、水は濁っていないものの、さらに増水の可能性はある。ここで通行が不能であれば、レースは最大9kmとなり、この場合は中止だろう。従って、朝6時の中止決定の前に宮内がこの地点を最終確認するとともに、その後もこの地点を注意深く見守ることを決めた。また、もし牛道の増水が激しければ、レースは中止し、この地点は139号を車の通行の支障のない範囲で平面横断し、記録は残すが順位はつけない記録会形式にすることも決めた。コース短縮は間違いないので、そのことと、それに伴いスタート時刻を繰り下げることも決めた。それによって、参加者も6時の決定を待ってから移動できる可能性が増えるし、できた余裕によって危険箇所に人員を手厚くすると同時に、朝の点検も十分行うことができる。
その後も台風情報や天気予報、雨量、警報の出方は連続的にフォローした。警報は中止の自動的条件である暴風雨警報ではなかった。昨日気になっていた4.1kmからの地点についても、5:40の宮内情報からはリスクの増大を認めることができなかった。土砂災害警戒情報と洪水警報は出ていたが、それらのリスクのある場所は全てカットしたか、コントロールの範囲内で継続的に見守ることができているという確信が持てた。自然の中の活動は不確定さがあるからおもしろい。その一方で安全は確保しなければならない。そのバランスを取ることは重要だが、特に二度目の失敗が許されない県立施設であることを考えれば、そのぎりぎりの判断に同意してくれたのも、日頃から悪天候も含めたハードなキャンプを主催している20年以上の経験値の賜だろう。もちろん、フィールドでのアドベンチャーに卓越した伊藤・宮内の二人が、的確にコース内のリスクを把握し、正確かつ詳細に伝達してくれたことが、その支えになっていた。
自分はと言えば、確かにレース短縮という得難い経験をさせてもらったけれど、経験値が上がったという実感は乏しい。主要な短縮の要因がリスクの見積もりによるのではなくて、腰までの水没やコントロール可能だと思われる土砂の崩落であった点にあるからだ。リスクの実感ではなく、「これ、普通だめでしょ」という常識に多くを依存していたからだ。もちろん、ぎりぎりの実感は、自然にはなじみのない一般ランナーの走る本大会にはふさわしくないことは承知している。
こうした意志決定のプロセスと、その重要性は、参加者とも共有したくて、ウェッブには撮影した写真も含めた現状を前日午後と当日掲載するとともに、会場にも掲示した。参加者から不平不満が出ることへの不安があれば、意志決定はリスキーな側にシフトする。それはトムラウシなどのツアー遭難を見れば明らかだ。頭の片隅には、先週インタビューしたガイドさん(自身、いつ死んでもおかしくないようなクライミングをしている)が、「相手の人数が多い時は、最初っからリーダーシップをとることが大事なんです」と言った言葉が記憶の片隅にあったのかもしれない。的確な内容の情報を適切な方法で出し、参加者も納得してくれるはずだという主催者の確信は、安全な意志決定には重要なファクターになる。もちろん、ネガティブな印象だけを提供するのでなく、若干のウィットも込めて。
レース実施の結果を参加者の方々はどのように受け止めただろうか?興味あるところだ。ざっと見たアンケートでは、悪天候の中、危険もなくしてレースを実施したことは評価されているようだった。ニューハレの芥田さんからは、「ただ中止とかやります、っていうのでなくて、こうこうこういう状況だからこうしました、っていうのがさすがですね」というお褒めの言葉をいただいた。
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