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2010/01/21

完全なる証明

 2002年、ロシアの数学者が100万ドルの賞金のかかっている数学の難問の一つ「ポアンカレ予想」の証明をインタネットに掲載した。ポアンカレ予想が解けたという主張はこれがはじめてではなかったが、この証明はやがて正しいことが明らかになった。解答したペレルマンには、数学のノーベル賞と呼ばれるフィールズ賞が与えられることになっていた。これだけでも興味深い話なのだが、彼は受賞を拒否し、多くの大学からの教授職のオファーにも関わらず数学界どころか社会から姿を消した。そんなミステリーじみた事の経緯を追ったノンフィクションが昨年11月に出版された「完全なる証明」(文芸春秋)である。
 この数学者が若いころトレーニングを受けたのが、数学五輪で70個以上のメダルを取った旧ソ連のルクシン門下の数学クラブであった。ノンフィクションによれば、この数学クラブに特別なことは何もなかった。生徒は教室に入って、与えられた数学の問題を解く。問題はよくできた標準的な数学五輪の問題であったが、そのほとんどはルクシンが作ったものだという訳でもなかった。「ルクシンがやったことは誰もができるようなこと」と門下生だったスダコフは語っている。
 しかし、実際にはそうではない。ルクシンは「(子どもたちは)解いた問題の一つ一つについて自分の話を聞いてもらわなければなりません」と言う。子どもたちは、自分の解いた問題の解答を言葉で説明することが求められ、またコーチ役には子どもたちの支離滅裂な話を聞いてやると同時に、それを整理して言えるように生徒を導くことが求められる。これは誰にとっても面倒な骨の折れる方法だ。だが、認知心理学の学習への応用で注目されている「自己説明」の考えとも通じている。
 すでに20年近く前になるが、僕が静岡大学のクラブをコーチしていた時、彼らに求めたのはレースアナリシスを書き、その添削を僕に受けることだった。彼らの説明は往々にしてわかりにくく、ルクシン門下の生徒のように支離滅裂だった。一方の僕は、彼らの述懐によれば、同様に彼らにとってわかりにくいコメントを返した。彼らの中の何人かは、それを理解しようと苦戦し、そして成長していった。
 僕は当時よりもう少し忍耐強くなった気がする。そしてもっとわかりにくい事を書けるように思う。もう一度コーチングの現場に戻ってみたくなった。
 

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コメント

ポアンカレ予想もNHKで番組にしてますよ。

オンデマンドにあるようなので、良かったらご覧ください。
「NHKスペシャル100年の難問はなぜ解けたのか」
https://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2009008050SA000/index.html

ちなみに最近高校生たちがブログでアナリシスを公開しあい、自分がそれにコメントをつけたりしています。

参加しますか?

投稿: kuni | 2010/01/21 15:47

時間的にどこまで着いていけるかわかりませんが、参加させてください。

投稿: shin | 2010/01/21 17:43

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