ライバル
月曜日のTBSでやっていたライバルのその後を追ったドキュメンタリーは久しぶりに見応えのあるテレビ番組だった。
最初に登場したのは、小谷美可子と奥野史子。バルセロナ五輪で出場を争った関係だ。せっかく代表の座をつかみかけた奥野。そこに小谷が現役復帰宣言をする。「せっかくの空気壊さないで」と思う奥野。二人の亀裂は深まる。そんなことはアスリートの世界では日常茶飯事だから、どうということはない。驚くべきは、デュエットの予選が終わった後、ベテラン起用で日本より上位にランクされたカナダに不安を感じ、コーチ陣が一度は奥野の代わりに小谷を使うと宣言したものの、試合当日に迷いが出て2時間前に最後の選考のための演技を3人に求めたことだ。結果的に奥野が選ばれ、そして奥野・高山はメダルを取った。選手を選ぶ苦悩はコーチなら誰しもが経験することだが、本番の2時間前に選考会をやらせるコーチの神経は理解できなかった。
奥野は、「もし選手に戻れるなら、あの時、小谷さんの復帰を受け入れられる選手になりたい」という。しかし、当時そんなことが考えられないからこそ、奥野もまた一流選手となりえたのだ。
西本vs江川で興味深いのは、江川は今でも西本がなんであれほどライバル意識を持っていたかが心底からは納得できていない点だ。西本は「ローテーションに入れるかどうかという時、江川さんが来れば、その分ローテーションに入るのが難しくなる。なんでおまえ巨人に来るんだ」という思いだったという。それに対して、江川は、「嫌みに聞こえるけど、おれ、ローテーションに入らないなんて思ったことなかった」という。今でも西本は雑草で、江川はエリートのままだった。
最後に江川は、西本に「沢村賞のメダルってどんなの?沢村賞って書いてあるの?」としつこく聞く。江川が20勝6敗で、西本が18勝?敗だった年、沢村賞を取ったのは西本だった。江川が投手として取れなかった唯一のタイトルが沢村賞なのだ。「おれ、持ってないから・・・」という台詞が、ひょっとすると江川らしい優しさなのかもしれない。 ちなみにライバルではないが、サッカーの中田と岡野の話は、やはりフランスのWCup予選で決勝のゴールを「決めた」のは岡野ではなく中田だったのだという当時の記憶をよみがえらせてくれた。中田曰く「あんな予想外の動きをする選手は(当時は)日本にはいない。おもしろい」と思い、岡野の起用を岡田に進言し、そしてはずしても、GKと1:1なのに(ちなみにこのシーンは日本の学校体育の弊害が世界に披露された屈辱的シーンだと思う)パスを戻されたりしながらも、ボールを送り続けて、結局最後は中田がシュートしたボールをGKがこぼして、それを岡野が「ごっつぁんゴール」的に決めたのだ、このシーンも中田なら、計算づくだったとすら思えた。
| 固定リンク
この記事へのコメントは終了しました。
コメント