2009年7月 8日 (水)

嬉しいほめ言葉

昨年の授業を履修した陸上部の大学院生から、「最近よく走ってますね」と声を掛けられた。走る距離はそう変わってはいないが、時間がとれずに気軽に走るために、トラックで走ることが多くなったからだ。

「先生、冬よりフォームよくなっていますよ」という。前は着地の時にひざが曲がって、上体が安定していなかったが、それがなくなったのだという。それまでにも指摘されたような問題意識は持っていたし、5月のトレランで利佳ちゃんの山での走りを見て、「こりゃなおさにゃ」と思って意識していただけに指摘されると嬉しい。具体的かつ明確で、なおかつ自分の意図に合っていたからこそ嬉しいのだ。

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2009年7月 7日 (火)

オーバータイムの帝王

駒ヶ根のロゲイニングの後、昨年の霧ヶ峰の覇者渡辺さんに「オーバータイムの帝王」というあだなを進呈したが、霧ヶ峰ではまたしても僕がオーバータイム。

2:15までは完璧なプランとその実行だった。昨年のレース記録が残っていたこともあり、どの区間のタイムもほぼ予想通りであった。新しく付け足された車山スキー場エリアのタイムもほぼ予想通りの25分で通過。霧ヶ峰ICに戻ってきた時には、45分の残り時間があった。これは当然、南の踊場湿原にいくよね。

 だが、2:30を越えた後のスピードの低下は特に上りで著しかった。もっとも遠い104?のコントロールをとった時にはすでに残り23分。これもまた予想とおり。昨年はこれより少し遠い場所から、グライダー発着場のすぐそばまで17分で来ているので、まあ安全県内だと思ったが、まず南端のたかだか40m程度しかアップのない丘でやられた。踊場湿原からの100mを越えるアップにさしかかったのは、15分前。100mもあがらないうちに、確実にオーバータイムだと悟った。あとはそれをどれだけ小さくできるかだ。結果は3分強のオーバータイムで、400点の減点。

 2:15の時点で、南にいかないという選択はありえなかった。60を後回しにして、時間によってトルかどうか決めるとか、踊場湿原の周りでなく、巻き道の100点のみで我慢するという選択しもあったかもしれない。プランと攻めの姿勢は評価できる。それを実現するだけの持久力がなかったということなのだ。また課題が一つ増えてしまった。

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車山湿原のつつじは最高のながめ。

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2009年7月 2日 (木)

女性は地図が・・・その後

 前回のブログ記事には数人から個人的な反応をもらった。
コンパス利用について、なかなか習得が進まない点について、Kさんは「俺もオリエンテーリングを始めてから本気になるまでコンパスを持ってはいたがブラブラさせていましたもちろんサムリーディングもやっていませんでした。本気度合いが上がりやっとコンパスの重要性がわかってきました(いまだにヘボィが)」というコメントも寄せた。だから、通常の山登りならなおさら、コンパスの重要性を認識していないだろうということだ。
 一般論的にいえばまさにそのとおり。ただ不思議なのはなぜ重要性を認識できないのだろう、ということだ。山にいけば地図にない道でその選択に迷う、現在地がどこだが不安になる。そうすれば必然的にコンパスで現在地を絞り込む必要がでる。長年の地図利用経験からは、確実にそう実感できるはずだ。コンパスの重要性を認識していないとは、結局のところ、ルート維持や現在地把握の必要性を意識していないということなのだろう。
 Tさんは「女性は地図を読めないんじゃなくて読まない、読む機会が少なかったのでは?とも思いました。登山に行けば、体力的にもリードする男性が先頭に立ち、地図を読む傾向にあり、女性は後についてくだけ。そんな印象。」これは多くの人が共有する印象だけれど、少なくとも習得レベルから言えば、男女差はなく、さらに女性も経験年数によって成績が向上している点では変わらない。印象と現実は実はずれているのかもしれない。それとも女性の学習能力が高いため、少ない機会で読図を習得しているという可能性もなきにしもあらずだ。講習会をすると、積極的な女性は少なくないから。

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ノルウェーに新婚旅行

先週の野外活動の授業で、あちこちの山のスライドやトレラン、アドベンチャーレースの写真を見せたら、ことのほかノルウェーが好評だった。

 30年前、タック杉山から「ノルウェーいいぞ」と洗脳されていたが、本当にその良さが分かったのは、たぶん96年以来だ。それから足繁くノルウェーの山に通った。自然景観のすばらしさ、素朴さ、その反面で北欧らしい清潔さとかアクセスのよさ。僕のホームページを見た山旅好きの中高年のグループがノルウェーに山行にいったのは、ちょっとした誇りだ。

 女の子の数人が「ノルウェーに新婚旅行。でもその前に彼みつけなきゃ」。次の授業の時に、「今や山でコンカツの時代!平地では男女比は1:1.08だが、山では1:2だぞ」と教えて挙げた。

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2009年7月 1日 (水)

女は地図が読めないか?

 昨年登山研修所の研修会で取らせてもらったデータの分析を進めている。山野でのナヴィゲーションに関する18項目からなる質問を統計的手法でまとめると、「地図・コンパスの携帯」「地図の基礎知識」「ナヴィゲーションスキル」「コンパスの利用」「道迷い」という、妥当性が高いと思われるカテゴリが出てくる。自己評価の得点は、この順に下がってくる。つまりは持っていても地図のことを知らず、ナヴィゲーションに使えるかとなるとさらに肯定的な回答は減り、コンパスはもっと使えないということだ。かなり実感に近い結果だったので、すっかり満足してしまった。
 その後、男女差と上記のカテゴリの関係を見た。男女差は明確にある。まあ当然の結果だと思って、気にもとめなかった。ところが、別の分析をしているとき、異なる結果がでてきた。

 しばらく考えて、男女の経験年数の分布を見直した。明らかに違う。男性の方が経験年数が長い人が多い。ひょっとして男女差だと思っていたものは、経験年数の違い?
 改めて経験年数が同一の男女を比較してみた。驚いたことに、そのとおりだった。さらに粘って、経験年数で分けて客観テストの成績を分析したら、こちらにも差がなかった。女は地図が読めない、これは少なくとも山の世界においては正しくない。
 今度は経験年数によってスキルがどの変化するかを見た。結果はこれまた驚くほど綺麗にでた。利用暦0年では、全てのカテゴリにおいてスキルが低いが、「地図・コンパスの携帯」「地図の基礎知識」「ナヴィゲーションスキル」「コンパスの利用」の順だった。経験年数が1年になると全体的に向上が見られるが、特にコンパスの利用についての得点が上がる。さらに経験年数が2・3年になると、「地図の基礎知識」がぐっとあがり、地図・コンパスの携帯と遜色なくなり、頭打ちとなる。それが4年以上になると、向上は「ナヴィゲーションスキル」に及ぶ。しかし、ナヴィゲーションスキルもコンパスも4年以上になっても、地図の基礎知識のレベルまでは上がらない。地図やコンパスを実践的に使うという点では、現在の環境下では経験だけではなかなか進歩しないようだ。もちろん、これは一般的にそのような山行のスタイルが圧倒的ということとも無縁ではないのだろう。しかし、このことは同時に、ひとたび「現在地の把握」を問われたり、進路の維持の努力が必要な状況になると、彼らが容易に窮地に陥ることは想像に難くない。

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2009年6月28日 (日)

有珠山

 北海道の講習会の帰りに、ささやかな観光をした。講習会は登別で行なわれたのだが、講習は15時に終わる。飛行機が19:05分。4時間の間にどこか観光したいところないですか、と山田君に問われたので、「有珠山!」と迷わず答えた。最近火山学者と協同研究する機会の増えた僕にとっては、有珠山は2000年の噴火の時に「ハザードマップによって住民の速やかな避難が可能になった」という何度も引用した論文の一節で、北海道の火山の代名詞となっていた。有珠山は洞爺湖の南、洞爺湖はルスツリゾートの南。従って、登別からちょこっと内陸に入ると有珠山にいけるくらいなイメージしかなかった。
 いざいく時になって、地図をみてびっくり。有珠山は登別から千歳とは反対の函館方面に50km以上も行かなくてはならないのだ。「実はこの時間では結構無理があるんですよ。最初は拒否しようと思ったんですけどね」といいながらも、山田君は車を走らせてくれた。2000年の噴火では、水道に不具合が出て工事業者が重機を入れている最中に突然噴火が始まった。現在ではここが西山遊歩道になっている。遊歩道所から、むき出しの水道管と溶岩に埋もれた重機を見ることができる。かつてあった国道も、半分は埋もれ、半分は、断層でずたずたになっている。電信柱と時速50km制限の標識が地面のすぐ上に見えるがシュールだ。この国道、当然車道規格なのに、新しい1:25000地形図では徒歩道表示になっているのも、地図萌えの僕としては興味深い。
 有珠山東側の昭和新山は車窓からさくっとみて終わり。それでも千歳についたのはフライトの20分前だった。前日も、山田君はネタづくりと称して、林道の終点から1kmほど山道を歩いた露天風呂に連れて行ってくれた。なんだか観光ばかりしていたような北海道行きだった。

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2009年6月26日 (金)

トレランバブル

 数年前、ある人から、「実はアウトドアブームは業界では終わっているということになっているんです」という話を聞いた。確かにそのころは、一時ほどオートキャンプとかのいきおいも無かった気がする。ところが今やどうだろう。トレランを核に、一時は若者絶滅の危機とも思われていた登山界ですら若い女性が増えて、当然のことながらそれに釣られて男性も増えるという構図になっている。北アルプスなぞにいってみると「登山者の高齢化」ってどこの話だという気にもなる。

 千歳に飛ぶ合間に品川と羽田の書店によってみたら、ターザンもアウトドア特集、monoマガジンまでアウトドア特集で、どちらも当たり前のようにトレランに多くのページを割いていた。間瀬ちがやさんが出てるのは当然として、ポーリンやら宮内まで出ているのにはびっくり。ターザンの記事の一部は、こないだ長岡さんの講習で一緒に登った山本けんいちさんが書いていたし~。

 トレランバブルはまだまだ続くかのようだ。それと同時にこのバブルがどのように集結するのか、落ち着く先を見つけるのかを占ってみるのも面白そうだ。

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2009年6月25日 (木)

高雄でのワールドゲームズ

 マイナースポーツの4年にいっぺんの祭典ワールドゲームズが、今年は台湾の高雄(カオシュン)で行なわれる。オリエンテーリングは前々回の秋田から種目入りしたが、このゲームから五輪種目に移った種目もあり、IOFとしても当時は気合いを入れて臨んでいるのがひしひしと感じられた。イベントアドバイザーのオイビン・ホルトの小うるささには当時易壁したものだが、今思うと、彼もIOFの期待を一身に背負って詰んでいたのだ。
 その時以来の縁で、シンパシーを感じていたワールドゲームズがアジアに再びやってきた。しかも、台湾と中国はいずれもホスト国ということで参加資格が自動的に与えられたので、日本チームにも出場のチャンスが与えられた。選手となった加藤から「見に来ませんか?」と誘われて、実は迷っていた。一番大きな理由は、あかねちゃんの結婚式が18日に合ったことだ。ワールドゲームズは16日から開始で、19日にリレーで終わる。あかねちゃんの結婚式は、ちょうどその真ん中にあったのだ。
 飛行機を探すと、18日の夜発、20日の朝に台北を発つ飛行機がある。台北のホテルを2泊つけて7万円。19日のリレーは午後14時からなので、朝の新幹線で高雄にいって、レース応援後、たとえアジアの連中と夕食を食べてもやはり新幹線でその夜のうちに台北に戻ってきて、20日朝一の飛行機で帰ってこれる。結局予約を入れてしまった。
 我ながら、あほだと思った。でも、ワールドゲームズは何度も見る機会があるかもしれないが、その舞台で加藤を初めとする現役選手たちの活躍を見る機会は永遠にないかもしれない。

 7万円の出費のことを考えているうちに、GWの中国での講習会の交通費の精算が済んでいないことに気づいた。交通費と宿泊代が戻ってきたら、約9万円。今回の旅費を払って2万円も浮いてしまう!得した気分になった。はやいところ、中国オリエンテーリング協会に請求書を出そう。

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2009年6月21日 (日)

具体性

静岡県体育協会の派遣で、某連盟のメンタルマネージメントを行った。目標を設定してもらい、それに対する課題を書いてもらう。さらに考えつけば、解決方法を書いてもらった上でグループで違いにアドバイスをしあうという設定だった。

 ほとんどが社会人だが、年代に応じて目標や課題がちがうのは興味深い。課題に対する解決方法で、一部の選手の具体性の低さが気になった。「体力」という課題自体も具体性が低いが、その解決方法が「休む時間をとる」というものだった。社会人ともなればこのような課題が発生することは理解できるが、多くの場合休みたいと思っていてもとれない。それをとるために、生活を切りつめるのか、職場で上司の理解を求めるのか、など具体的な動きが必要になる。そのレベルまで考えを詰めることができない。また周囲もそれに対して、「じゃあ、そのためにどうする?」というアドバイスをすることができないのだ。

 メンタルというと、プレッシャーに備えるとか、やる気を高めるといったことばかりが話題になるが、むしろ「具体的に対応を考える」ことこそ、今のアスリートに求められていることである。同時に、それは日本の教育の大きな課題であるかもしれない。

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タピオ逝く

50年近く生きていると、人の死はだんだん身近なものになる。とりわけ同年代の人が病気や突然死などで亡くなったという報に接する機会も増える。2月に行われたスキーオリエンテーリングの世界選手権のためにフィンランドから派遣されたアシスタントアドバイザーのタピオ・プシネン氏がトレーニング中に亡くなったというニュースが送られてきた。彼らの活躍なしには、この世界選手権の成功はなかった。何の報酬もなく大会一週間前から滞在し、60kmを越えるトラックを毎日せっせと踏み続けた。その活躍に接しているだけに、そのニュースは現実感を伴ってはこなかった。

 48歳、僕とは1歳の違いだ。このくらいの年代から心臓系の突然死のリスクは高くなる。中には注意によって予防できるものもあるが、死後の解剖でも原因の分からないものは少なくない。トレーニングをしなかったからといって絶対に防げる訳でもないし、分からない確率に対して、トレーニングを控えることもできない。

 タピオの冥福を祈る

Tapio

タピオ・プシネン氏(左から3人目、筆者の隣)とスキーO世界選手権のバンケットで

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