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2009年10月16日 (金)

安全を守る眼

 学生がボランティアをしている学校の1年生が、生活科の授業のために静大にやってきた。学生も引率の補助としてお手伝いをした。小学生の体験的活動とそれに対する教員の関わりに興味があったので、1時間ほど見学した。率直なところ、あれでは自然体験に出た時子どもの安全を守る上で心許ない、と思った。もちろん、安全についての注意・指示が最初にある。活動中も先生は注意をしてはいるだろう。だが、何が起こるか分からない自然(といっても比較的人通りの多い大学の通路の脇なのだが)で子どもを活動する上では十分でないと感じられた。
 指導者は教員・ボランティアを合わせて10人弱いたはずである。各指導者は、それぞれが周囲にいる児童に声かけをしたり、ケアはしている。しかし、僕の目には全体に気を配っている「指揮官」的立場の教員はいないように見えた。また他の教員の位置を考えながら自分の立ち位置を決めている教員・ボランティアもいない。その結果、周辺にいる子どもは、時々指導者の目の届かない範囲にいることになる。彼らが気づいたらいなくなる可能性はゼロではないだろうし、それ以上に見ていないところでリスクを高める行為をする可能性は十分にある。
 活動していた場所には「まむしに注意」の看板があった。実際この周辺では目撃例がある。もちろん、おそらく大丈夫なのだろう。また、それは確認しているのだろう。しかし、出たという以上出る可能性はある。どういう場所・状況でよりリスクが高いかという意識が教員には見られなかった。その結果、周辺部では、どぶの中やコンクリートの石垣に近い部分に手をつっこんでいる子どもが見られたが、これは「まむしに注意」という看板がある以上、避けた方がよかったはずだ。
 後半になると目的のドングリ集めを終えた子どもが遊び始める。その場所の西側はガードレールがあるが、さらに外側は傾斜になっており、その下には歩道と車道がある。子どもが石やドングリを投げ始めたのだ。僕が注意した子だけでも3名。その間、指導者はそのことに気づくことはなかった。
 彼らが安全に全体として鈍感だとは言わない。しかし、その感受性は計画段階での安全意識に終始しているように見える。おそらく本当に危険が顕在化すれば対処行動をとるのだろうが、その中間にある子どもたちが環境と関わり合う中で変化するリスクの程度については概して鈍感である。こんなところに事故発生の芽があるように思えた。

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