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2007年11月27日 (火)

危険度を表現する言葉

今年も危険認知の調査を附属学校の児童・生徒と大学生でやろうと思って、KYTの図版を作成している。危険発見は図版をそのまま見せて、その中から危ないと思うものを拾ってもらうだけなので、図版ができればそれで完成だが、危険の評価については、あらかじめいくつかの危険(らしい)箇所をあげておいて、それがどれくらい危険かを評価してもらう。

 評価の方法は、ABCの3段階である。A:重大なケガにつながるので、すぐに注意してやめさせる、はいいとして、Bとして今すぐ注意する必要はないが、いずれ重大なけがにつながるので、適当な時期に注意すべきものにしたいと思っている。おそらくこの表現は学生には分かるだろう。だが、その趣旨を児童・生徒に分かるような表現を考えてみると、これが思い浮かばないのだ。

 このランクの危険はいわば「潜在的な危険」で、それがある時なんらかの理由で顕在化し、事故につながる。そして、発達段階途上にある児童・生徒は、このような危険に対して鈍感であることが交通場面での研究や私の野外活動場面での研究でも示されている。

 彼らに理解可能な表現が思いつかないということ自体、そこにラベリングをし、彼らの注意を喚起することの難しさと裏腹の関係なのかもしれない。

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