危険認知の授業感想より
3月に附属学校でやった危険認知のワークシートと感想が戻ってきた。みんな賢い附属の子なので、しめくくりは「これから、この授業で分かったことを活かして危なくないようにしたい」とあるが、細かい感想を読むと興味深い。
もっとも興味深かったのは、意見発表の時間を持ったのだが、他のグループ・人の意見を聞いて「だいたい自分たちと同じだった」と思う人と、「自分たちの気づいていないものに気づいている」という両極端のことを感じていることだ。何人かの子は、「挙げたものは同じだったが、順位が違う」と書いていた。「同じ」と考えた生徒たちは項目としてそう判断し、「違う」と考えた生徒たちは、理由や危険度がグループや人の間で違うからそう判断したのかもしれない。
またどうしたらいいかという点については、「皆同じことを考えているのだから大丈夫」という楽観的な意見もあれば、「その後のことを想像するようにしたい」といった具体的な意識の向け方を指摘している人もいた。同じ授業をしても、受け取り方はかなり幅広いということが分かった。「想像」は危険予知には欠かせない心的活動だが、生徒の何人かは「妄想」に走るのも、授業中感じていた。「妄想」と「想像」は違うという指摘をしていた生徒もいた。
二つのクラスで授業が行われ、僕が最後にコメントしたC組では「関わり方によって危険が変わる」話をした。それを「気づき」としてあげた子は何人かいた(印象的に20%くらい)。AB組にはその記述は見られなかった。それが、今後どの程度生きるかは検証の余地があるが、危険を見るポイントについてポイントを絞って伝えることは決して無駄ではないと感じた。
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