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2007年3月14日 (水)

中学校での危険認知の授業

中学校の生徒を対象に危険予知の授業をお手伝いしてきた。家庭科の調理実習場面のイラストを見て(イラストの中には危なっかしことをしている子が沢山でている)、どこが危険かを見つけるKYTシートという教材を使った。

 危険を見つけるのはそれほど難しい作業ではない。興味深いのは、その評価(どれがすぐに注意しなければならないくらい危険かを見分ける)作業と、それをグループでまとめさせる活動である。日常生活や授業の中の危なさにはレベルがある。その中には日常的にもすぐ近くに接しているけれど、なんとかやりくりしているものもある。どれもが同じように危ない分けではない。そういう評価ができてはじめて、危険から身を守ることができる。

 同じ包丁が描かれていても、それに絵の中の人がどう関わっているかで危険が違う。また、その人がその後何をするかをどう想像するかによっても危険度の評価が異なる。想像ができなければ、危険が見えないことになるし、あんまりとっぴょうしもない想像=妄想をいだいても、適切に危険に対処できない。そのあたりが中学1年生でも、案外難しいのだということがわかり、面白かった。

 ただ、自分で振り返ってみて、中学1年生のとき、そんなことが分かっていたかなと思うとかなり怪しい。自分はいつ、危険に対するそういう感覚を身につけたんだろう?

 

 

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2007年3月 8日 (木)

過去の研究を振り返り

15年以上続けてきた、読図に関する研究をまとめて本にしようと思って、少しづつ過去の自分の研究を振り返っている。90年代前半に行った研究では、レース後の競技者の追観報告をとったり、フォトオリエンテーリングを二人組でやらせて、その会話データを分析したりした。そのころからすでに、熟練者が地図を読むに当たって、記号を非常に柔軟に解釈し、また現在地の把握にあたっては、検証(複数の候補から絞り込む)というプロセスを重視していることは分かっていた。地図記号の持つ性質を考えても、山野という特徴的な環境を考えても、ナヴィゲーションでの読図がこのような特徴を持つことは必然的なことのように思える。

 91年に出した「読図術」は、こうした思考プロセスの特徴を意識して書かれたもので、おそらくその部分は専門家から高い評価を受けるのに大きく寄与していると思う。その反面、初級者がこうしたプロセスを身につけることもまた難しいように思える。当時の研究データを見ると、3-5年程度の中級者どうしの対話によるフォトオリエンテーリングでは、なかなか正解に到達していない。上に示したようなプロセスが十全に機能しているのは、唯一、元そしてその後全日本チャンピオンになったペアだけなのだ。

 上のような認知過程は、ナヴィゲーションの認知プロセスだけではなく、「限定された情報しか得られない状況」での「曖昧な環境」での問題解決全てに言えることかもしれない。たとえば意思疎通という日常的な状況においても、もしうまくコミュニケーションがとれていないと感じたなら、相手の発する言葉という「記号」を、自分の元々の解釈とは違う柔軟な解釈でとらえなおしてみる必要があるし、その意味を確定する時、複数の候補から絞り込むプロセスは不可欠になるだろう。

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2007年3月 6日 (火)

等高線が読めない!?

3月4日に、好日山荘と共催で読図講習会を行った。参加者の多くが一般ハイカーなので、当然のことながら、「読図は覚えなくちゃ」と思っても、読図がそれほど得意な訳ではない。講習会では、一緒に歩きながら現在地把握を何度も繰り返し、把握のためにどんな情報が使えるのかを徹底的に実習する。

 何度やっても興味深いのは、地図上かつ屋内では尾根・谷をほぼちゃんとたどれる人たちも、屋外に出て実践的な現在地把握課題を行うと、尾根・谷把握の精度が格段に落ちてしまう点だ。

 たとえば、谷から尾根にあがり、その尾根沿いに降りてきた点で、現在地を尋ねる。だいたいの進行方向にそって鉛筆で地図をなぞり、「このあたり」と答えるのだが、なぞったラインは谷を横断しているのだ。「尾根にあがり、尾根から一度も谷に降りてませんよね」というと、「そうだ」と分かっていてもである。実践の中で現在地が分からなくなる一番大きな原因は、こうした尾根ラインのたどり損ないにあるように思う。

 認知的な視点から見たら、分かっているはずなのにできないということが興味深い。このことは、単に原則を確認しただけでは、尾根ラインのたどり損ないと、結果として現在地のとらえ間違いが防げないことを意味しているからだ。

 ちょっとした不注意なのかもしれないし、正確にたどらなければ意味がないことを十分に理解できていない(つまりは課題の要求への理解ができていない)からかもしれない。

 このあたりのことが分かれば、等高線読みの有効なトレーニング法も開発できるんだろうな。

 

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2007年3月 5日 (月)

危険を見る視点を育てる

 前回、エキスパートたちが、明確な視点で危険を見ている、というよりはむしろ連続的な現実の中の危なきことを切り分けていると言った。このことは確かに事実なのだが、調査をしてみると、エキスパートではないのに、明確な視点で危険を切り分けることができる人がいることに気づいた。野外活動での危険の図版を見ながら、なぜ危険なのかを説明してもらうのだが、活動の経験がないのに、ただ単に「危ない」ということだけでなく、一貫した視点で潜在的な危ないことにも目を向けることができるのだ。
 前回も出てきた「コントロール性」という視点を導入すると、その場では危なくなくても、指導者の視界から遠ざかろうとしている子どもは危ないと予測できる。見えなければ指導者のコントロールを発揮しようがないからだ。そういう指摘をすることができる個人が時々いるのである。
 視点というのは抽象的なものだから、野外活動でなくても得ることはできる。ひょっとすると、彼らは別の活動の中で「コントロールできないと危ない」という一般的な法則に気づき、それを初めてみた場面でも使ってみたのかもしれない。
 だとすると、危険なことを明確な視点を使って切り分けてみるというのは、「抽象化」と「抽象化されたルールを新しい場面にも適用してみる」という、より一般的な能力の現れである可能性もある。
 その話を、OBS長野校校長の浜谷さんにしてみたら、「経験だけじゃないと思いますよ。他の分野にも一般化できると思うし・・・」と、同意してくれた。
 それでも、この一般的な能力には個人差がある。どうしたらそれを高めることができるのだろう?危機管理の根本的な課題のような気がする。

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2007年3月 1日 (木)

エキスパートたちと

 1999年8月、丹沢の玄倉川での増水で、13名のキャンパーの命が奪われた事故へのコメントを新聞から求められたのがきっかけで、危険認知の分野が研究の一つの柱となった。
 教育活動には危険がつきものだし、体育その他の実技系教科は、危険(つまり失敗やそれによる不具合)があるからこそ、それが克服的な教材となる側面もある。そういうジレンマの中で、指導者は危険をどう見ているのだろうか。この点に興味を持って、子どもへの教育活動の経験はあるが、野外活動の経験のない大学生と、熟練した指導者の比較をしている。具体的には、危険場面のイラストを見せて危険を見つけたり、評価をしてもらったりする。
 今回は、OBSというハードなアウトドア指導で有名な自然教育団体を訪れ、その指導者4人ほどのインタビューをした。
 一つ一つの項目への評価にはある程度のずれがあるが、興味深いのは、いずれの指導者も、「視点」とも言える抽象的な評価の基準をもっている点であった。ABCの3段階で評価してもらうのだが、個々の理由説明の後、なぜAは他のBやCと違うのかと質問するが、ある指導者はその質問をする前に自発的になぜAはBCと違うのかを説明しはじめた。抽象化された基準を持っている証左といえるだろう。
 「結果の重大性」という視点は、どのようなレベルのものでも挙げられる視点であるが、「コントロール性」という視点を明示した指導者もいた。また、全体に子どもの意識への言及も目立っていた。子ども自身が意識出来ていれば、こちらとしての緊急度の評価を下げるが、意識できていなければ、こちらがすぐに対応しなければならないという。
 自分としても、熟練者の危険認知の全体像が分かったとはまだ言えないが、彼らがハザード(危険なもの、環境)だけでなく、複合的に危険を判断しているということが言えそうである。

Img_0275

小谷にあるOBS長野校

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はじめに

大学教員として一応研究者というアイデンティティーを持っているが、初めから研究者になろうとしていたわけではなかった。この道に脚を踏み入れた時、一番興味があったのはオリエンテーリングであり、そこでの地図読みだった。トップ選手とそうでない選手の間にはどんな差があり、その差の背後にあるものはなんだろうか。その問を解決してくれそうなのが認知心理学という研究分野であったに過ぎない。
 当初抱いていた疑問のいくつかは解消したし、認知心理学の他領域の研究成果や研究手法にオリエンテーリングの実践が触発された部分もある。他のスポーツのように、スキルがはっきり見えないオリエンテーリングでは、心的過程を明らかにしようとする認知心理学的な視点は、自分のスキルを明確にする上でも、人に地図読みを教える上でも役に立った。2001年に出した「最新読図術」が高い評価を得たのも、研究によって得られた発想法や知識による深みが、実践的なスキル紹介の背後にあったからであろう。
 うつうつとした気分が少しづつ収まり、「頭を動かしてみよう」と思い始めた今、もう一度実践と研究の狭間にいるという自分の原点に立ち返って、考えたことを記録してみたい。

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