2012年7月25日 (水)

富士山の夏山遭難

 静岡外からきた学生は、「在学中に一度は富士山」と思って富士登山に出かける者が結構いる。それに気づいて、夏休み前の体育の授業では、登山のリスクについて考えさせる授業をする。
 今年の授業に先立った2010年の夏の富士山の遭難データを集計してみた。驚くべき発見はなかったが、いくつか気づいた点は、富士登山の遭難防止にも役立つかもしれないので、まとめておく。
 まず遭難態様をみて驚いたのは、意外に道迷いが多い点である。全国の夏以外の傾向から見れば少ないが、それでも20%強だ。あんな山のどこで迷うのだろうと思うが、そうでもないらしい。元データにあたってみると、ほとんど9件のうち7件が8月13日に発生。原因は悪天候のようだ。
 転倒は夏山遭難の代表的態様だが、約1/4を占める。好発年代は一般的には60歳代だが、富士山の特徴は10歳代から70歳代まで幅広い層に見られることだ。もちろん年齢が上がるとバランス感覚は悪くなるが、それ以上に「普段山歩きをしていない」人が岩がちの悪路を歩く結果なのだろう。そういう人の登山が増える夏には注意したいところだ。
 疲労と病気は合わせて半分を占める。疲労のほとんどは体力不足。これは登山者の実態を考えると頷ける。一方病気は高山病が2/3で残りが熱中症。しかし、低体温症による死亡事例もある。これは8/12日に発生している。アメダスのデータをみると、山頂の気温が特に低かったわけではない(しかし最高気温は概ね12度程度であることに注意)が、麓の白糸では相当量の雨が降っている(山頂の天気データはない)。天候は重要な要因なのだろう。
 遭難の原因を見ると、悪天候に並び、体力不足と装備不備が目立つ。不慣れな登山者が多いことが見て取れる。
(注:静岡県では近年夏の富士登山は「観光」扱いしているが、上記の資料は全て登山と見なして7-9月の遭難全50件について分析した。

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2012年6月25日 (月)

23年山岳遭難統計を見て

 6月21日に、恒例の前年の山岳遭難統計が警察庁から公表された。それによれば、ここ数年増加の一途だった山岳遭難は192人の減少となり、2204名となった。22年の遭難の増加が極端だったので、減ったというよりも妥当な増加幅に戻ったというべきなのかもしれない。
 遭難数の減少は山岳関係者としては喜ばしいが、手放しで喜べるものでもない。22年の遭難数と比較してみると、東京で74名、埼玉で52名という大幅な減少が見られたものの、減少数の多くは、岩手、山形、福島、秋田に集中し、この4県で101名。目的別の減少を見ると、登山目的で81名の減少を見ているが、山菜採りでの減少が102名だ。もともと登山と山菜採りの遭難数の比は概ね73:17で、圧倒的に登山が多いのだ。山菜採りによる遭難の比率が元々東北に多かったことを考えると、この減少のかなりの部分は東北での山菜採り、そして若干の東北での登山の減少によると考えられる。遭難数減少の半分は東日本大震災と福島原発の事故に由来していると考えてよい。決して意図的な努力が実った成果とは言えないだろう。
 東京と埼玉の100名以上の減少はどうだろう。首都圏の登山動向を肌で感じていないので、確たる要因は分からない。北関東から埼玉にかけての山間部は平地に比較して放射線量が高いというデータも公表されているので、それに影響を受けたのかもしれない。高尾山で山デビューするような人たちが一段落したのかもしれない。しかし比較的遭難の多い西日本では、三重で46→55と増加、滋賀で46→69と増加、京都で20→23と増加、兵庫で118→100と減少、奈良で29→44と増加と概ね増加傾向を示していることを考えると、震災(あるいは放射能)の影響による「登山控え」が最大要因というのが最も妥当な解釈に思える。
 遭難減少の取り組みに関わって10年近くが経つ。一度はこの目で「この結果は間違いなく(事前の)遭難対策に由来している!」と思えるデータを見てみたいものだ。

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2012年6月13日 (水)

遭難を誘発するもの

 今年、ショートロープでの確保の検定中、ガイド資格を取ろうとしていた優秀なクライマーが検定員である優秀なガイドを道連れ滑落するという事故があった。その場所を二人がそれぞれ登っていたら百回登って百回とも落ちなかったと、二人をよく知る人は語る。なぜそんな事故が起きたのだろう。
 登山研修所を訪れた時、関係者がいたので聞いてみた。まずショートロープでの確保は、ヨーロッパ風のガイドスタイルの一種の模倣らしいことが分かった。それが社会的風潮であったとしても、現場のガイド自身はリスクを感じないのだろうか。ベテランのガイドの方曰く、「僕らガイドっていうのは、ホストですよ。ガイド料は1日3万円、コストはお客さん持ち。だから2泊3日の登山をすると、お客さんの負担は15万円にはなる。」それが出せるお客さんにとって、ガイドはアクセサリーみたいなものだという。「だからかっこよくなければならない、という思いがどこかにある。それによって顧客満足度を高めなければならない」。だからこそ、アンカーをとってもたもた歩くんじゃなくて、ショートロープで確保して、移動スピードを確保する。
 ホストならそのようなサービス精神は顧客満足度を高めるだけですむが、登山の場合、満足度の向上はリスクの増加と裏腹である。お客さんが滑落したら、実際は止められるかどうか分からない。だからといって、確保しなければお客さんが滑落したらどうしようもない。ガイドはそんなジレンマの中にいる。トムラウシのツアー登山遭難の時の直接の原因となった判断ミスは、安全とツアーを予定通り実行してお客さんの満足度を高め、効率的にツアーを終了させる(それは安いという顧客満足度にもつながっている)というジレンマが大きな要因となっていた。より専門性が高く、ガイドレシオの低いガイドによる登山でも同じような構造がある。
 事故防止のためには、問題を一人一人のガイドに押し込めるのではなく、社会構造からのアプローチが必要だ。

(なお、ガイド検定の事故については、私自身が直接見聞きしたものではなく、関係者の話によるものですが、周囲の信頼できる人の話であること、記事の趣旨には影響ない、ことから触れています)

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2012年6月 7日 (木)

遭難統計からさらに見えてくるもの(2012年7月23日訂正版)

PEAKSの夏山遭難対策特集の座談会に呼ばれたのをきっかけに、夏山の遭難実態を分析してみた。元データはすでに公表している2010年の遭難データだ。昨年の全遭対での発表に向けてデータを料理した時にも、「いいデータってのはかめば噛むほど味がでる」と感嘆したものだが、夏山(7,8月)に限って集計してみたら驚愕の事実。誰が、どこで、どんな遭難をしているかが、ありありと見えてくるのだ。そのデータを掲載する。なおこのデータは全て「登山」を目的とするもので山菜採りは入っていない。
 まず、各県の夏山遭難率を見ると、長野や静岡が圧倒的に多い。静岡はもちろん富士山。さらに60歳代の事故が多いのは全年の傾向と一致しているが、60歳の転倒は突出いる。男性はここまで極端ではないが、やはり60歳代の転倒遭難は夏場に多い。男性の場合はこれに50歳代が加わる。夏とそれ以外の季節を比較し、それを男性と比べると、むしろ女性の転倒は通年で多いとも言える。
 秋から冬、春にかけては低山の歩きやすいルートを中心に山登りをしている人が、「夏だからアルプスにでも行こう」と思ってでかけ、普段なれない路面でバランスを崩し、転倒する、そんな構図が見えてくる。個別のケースをみても、長野では転倒、そしてその延長線上にあると思われる滑落の多さが見えてくる。
 この結果から見るかぎり、悪路でのバランス維持は夏山の事故減少に大きく貢献する。身近なラフな場所で自分の力を試してから夏山に向おう。

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上の段は2010年の夏(7,8月)以外。下が7,8月の夏山データ。左は女性、右が男性。このデータは全国の警察本部から筆者が独自に収集したもので、登山遭難の約8割を含む。(7月23日訂正:これまで上段のデータは2010年全データと表記していましたが、夏以外のデータの誤りでした。また集計対象のデータに誤りがあったので訂正します)。

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2011年12月 4日 (日)

オンサイトの判断

 極度のリスクに携わる登山家が、そのリスクをどう捉えているか、そこから自然体験に関わる指導者へなんらかの示唆がなしえるのではないかという着想で、研究費をもらった。
 まずは、クライマーの手記やインタビュー記録を読んで、質的研究の手法でまとめてみた。彼らはほぼ異口同音に「自分は臆病」で「冒険にリスクは不可欠だが、それをコントロールしている」という。もともとリスクとは不確定さを含むものだから、それをコントロールしているというのは言葉の定義上矛盾があるのだが、確かにリスクに関わる活動のエキスパートになると、その感覚には理解ができる。問題は、「コントロールしている」という実感がどこから得られるかだ。
 まずは事前の綿密な情報収集やそれに基づくリスクの想定、それに対応した計画がある。もちろんそこには徹底した研究心が必要だが、彼らは「臆病」だからこそ、これをきっちりやり遂げられるのだろう。
 彼らのリスクをコントロールするのは事前の準備だけではない。むしろ行動中の具体的なリスクの想定、困難な場面での最善の選択肢発見の努力、そして苦痛を伴いながらそれを実施する忍耐力は、彼らの行動を裏付けている。たとえば、日本人初の8000m14座登頂に最も近い男といわれる竹内洋岳は、「フロントポイントクライミングになっている。ぴっかぴっかに光る鏡のような氷の壁を延々登り、延々とトラバースしていく。目の前のアックスはピックの刻み一つ分しかささっていない」場面、こんな想像をする。「フロントポイントクライミングになっている。ぴっかぴっかに光る鏡のような氷の壁を延々登り、延々とトラバースしていく。目の前のアックスはピックの刻み一つ分しかささっていない。」そして、「ああ気持ち悪!想像するんじゃなかった」と考える。彼らだって、越えたくない一線はある。しかし、そんなイヤなことを想像する。それがイヤなことだけに、回避のための究極の発想や努力への強い意志が生まれるのかもしれない。
 安全管理というと、多くの場合、事前の計画やマニュアルといったものが指摘される。しかし、不確定要素の多い自然の中では、事前の準備はもちろんだが、オンサイトでの状況判断とそれに根ざした行為が重要な意味を持つのではないだろうか。トムラウシ遭難の時の分析に違和感を感じ、「オンサイトの状況判断」という考え方を示した時に感じていたリスクマネージメントのポイントに、ここでも行き当たることができた。

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2011年8月29日 (月)

トレッキングシューズの劣化にご用心

 8月の後半に北アルプスに出かけた。最初は高瀬ダムから入って、野口五郎→水晶→雲ノ平→太郎平→折立というルートの予定だったが、初日の朝から大雨だったので、急遽変更して、室堂にいって停滞、天候に応じて立山周辺を歩くことにした。登山後に立山にある登山研修所による用事があったし、縦走中に停滞している時間的余裕がなかったからだ。
 通常のトレーニングを兼ねた登山では、たいていトレランシューズで済ますが、縦走の予定だったので、2年ぶりにトレッキングシューズをはくことにした。5年ほど前にモニターで提供を受けたものだった。初日は停滞だったが、室堂から雷鳥沢のキャンプ場まで問題なく歩いた。そして翌日は天候が回復したので、劔御前小屋から立山を縦走した。ところが後半気づくと、アッパーのサポートのプラスティックが切れていた。左右ほぼ同時に切れていたので、劣化によるものだろう。それと同時に、アッパーとソールの間の接着がはがれはじめていた。
 翌日は、室堂から遊歩道のようなルートを通って美女平まで下る予定だったが、距離はそれなりにある。今回試しに持ってきたダクトテープでアッパーとソールが分離しないように止めてみた。ダクトテープは頼もしく思えたし、実際それ自身が摩耗することはなかったが、雨の中だったので、30分ではがれてしまった。次にナイフにつけていた細引きで締め上げた。これは時々緩むので、締め直す必要があったが、ほぼ6時間以上の歩行に耐えた。
 トレッキングシューズの劣化は、メーカーも共同で啓発しているが、これほどいっきに劣化が進むことにはびっくりした。そうならないように注意して使うことはもちろんだが、いざという時対応できる装備やアイデアを持っていることも重要だとつくづく実感した。

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3日目の出発前にはがばがば。

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ダクトテープで、一応かっこよく収まったように見えたが・・・

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2011年7月23日 (土)

遭難の実態を分析してみると・・・

 全国遭難対策協議会のために遭難データの分析をして、改めて登山ブームの影響を知ることができた。2009年には登山人口が前年の倍以上になったと言われている。活動の程度からみれば、20%増し(参加人口×年間参加回数を割り算したもの)で、そのあたりが実感に近いところだろう。
 実際それに伴って登山による遭難も増えている。特に増加が目立つのが、道迷い。これまで中高年の遭難増加だけにスポットライトが当たっていたが、2010年は20-30歳代の道迷い遭難も相当数ある。
 50歳代以上で多いのが転倒。山で転んだり、転びそうになりひやっとした経験のない人などいないだろうと思われるような身近なリスクで、実際遭難数も多いのだが、40歳代までは軽傷で済んでいる人が多いが、これが50歳代を過ぎると重傷が多くなる。気力はある一方で筋力が衰え、またバランスも悪くなるために、転倒が重傷につながっているのかもしれない。
 50歳代にさしかかった私としては、60歳代以上の男性の病気の遭難数が他の年代に比べて突出しているのも気がかりだ。しかも、男女合わせて50歳以上の病気による遭難者は56名だが、そのうち29人死亡しており、全員が男性なのだ。もともと男性は「できそこない」(福岡純一氏の著書による」だから、弱いのだが、それに加えて無理をすることも致死率を高めているのかもしれない。
 この内容の詳細については、山と渓谷9月号でも発表する予定である。

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2011年7月 8日 (金)

一昨日の答え

50歳以上の病気による遭難者中の死亡者26人の男女比は、0:10で男性が圧倒的に多い、が答えでした。

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2011年7月 6日 (水)

男はどれくらい不利か

明日の全国山岳遭難対策協議会のため、約35道府県の警察本部からデータを閲覧させていただき、登山の遭難リスクに限った分析を行った。道迷いが全年齢層に渡って増加しているのは、予想通りの結果だったが、60歳代の男性の病気による遭難は2007年もそうだったのだが、同年代の女性や同年代の男性の態様の比率でも目立つ。

 50歳代以上に限ると、病気遭難の場合、死亡率は約35%にも登る(もちろん、加齢とともに上がる)。死亡者のうち、男女比はどのくらいだろうか?

 答えは明日の全遭対にて(もちろん、あとでアップもしますが)。

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2011年7月 4日 (月)

今週は全遭対

七夕の日7月7日は、全国山岳遭難対策協議会。数年前までは各都道府県を回っていたが、登山研修所がスポーツ振興センターに移管されたのを期に、東京での開催となった。

 講演の機会をいただいたので、各警察本部に御願いして提供していただいたデータを元に、遭難の実態を年代や地域、性別に分けて詳しくレポートする予定。

 (第三次?)山ブームと言われるここ2年くらいの遭難の特徴を捉えることができた。

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